「これは……」
 ユリアンにフォルネウスの手下の屍が散乱している場へ案内されたキャゼルヌは、その屍を目にし、暫し言葉を失った。
「これがフォルネウスが攻めて来るという確固たる証拠だ」
と、ユキトは強くキャゼルヌに迫った。
「確かに、これは通常のモンスターの亡骸ではないな」
「では、僕達のことを信じてくれるんですね」
「この場合信じざるを得んだろう。二人とも、悪いが私に同行してもらえないかね?」
「同行? 何処にだ」
「こいつらが探していた場所だ」
 キャゼルヌに手招きされるように、ユリアンとユキトは後を付いていった。
「ここは……」
 二人が招かれた場所は、街の中心部にある高さ十メートル程度の塔だった。
「この奥にイゼルローンのコントロールルームがある」
 キャゼルヌに案内され、塔の中へと入る。階段を下へ下へと歩くと、広い場所に出た。
「これは……」
「凄い……、これが何百年も前に作られた物だっていうんですか……?」
 眼前に広がるイゼルローン要塞のコントロールルーム。そこは神秘的モニュメントや機材が多数並んだ、とても数百年前に作られたとは思えない部屋だった。その整然とした内装は、数百年後の光景を垣間見ていると錯覚を起こすかのようだった。
「この要塞は周りに配置されたオーブに玄武術の魔力を込めることにより起動する仕組みになっている」
「玄武術ですか?」
「そうだ。基本的に要塞そのものが玄武術士になったと思えばいい。それと、この要塞には玄武術を応用した装置がいくつかある。一つはウォーターポールを利用し、要塞外部に巨大なウォーターポールを形成する装置だ。この装置は一種のバリアの役割を果たし、また、この装置を利用し海底に潜る事も可能だ。
 そしてサンダークラップを利用した要塞主砲雷神の鎚トールハンマー。この主砲は並みのモンスターなら一撃で消滅させられる程の威力があると伝説では伝えられている」
「海底に潜航可能なバリアに、雷神の鎚トールハンマーか。確かにこれだけの要塞ならばフォルネウスを倒すことも可能だな」
 強力な盾と矛を搭載した無敵の要塞。この要塞ならば魔貴族とて相手ではないだろうなとユキトは思ったのだった。
「だが、一つ問題がある」
「問題?」
 キャゼルヌの話に寄れば、このコントロールルームは数年前まで街の史跡として一般に公開されていたという。だが、ある時コントロールルームのキーとも言うべき”イルカ像”が何者かに盗まれてしまったという。
 盗んだ犯人には何とか捜し出せたが、一歩遅くイルカ像をルビンスキー商会に売ってしまった後だったという。
 その後ルビンスキー商会にイルカ像のことを問い質したが、海賊のアッテンボローに強奪され、詳細は不明だとのことだった。そして二度とこのようなことがないよう、コントロールルームは閉鎖されたとの話だった。
「イルカ像は玄武術の増幅装置だ。これが無くては要塞を動かす事は不可能だ」
「そのイルカ像がどこに行ったかは本当に分からないんですか?」
「アッテンボローの財宝が隠されているグレートアーチに、もしかしたならあるかもしれん。しかしそれを捜し出すのはリスクが大き過ぎると思い、探しに行っていない」
「グレートアーチですね。分かりました。見付かるかどうかは分かりませんけど、僕が探しに行きましょう」
 そうユリアンは、イルカ像を探しに行く決意をした。
「そうか。本来ならば私が探しに行くべきなのだが、市長という立場上街から離れることは出来ない。すまないが、君に一任することにする」
「それで、玄武術士の方はどうするんです?」
 話題を変え、ユリアンはイゼルローンを動かす玄武術士について訊ねた。
「ここから南のモウゼスにハルコを筆頭とした玄武術士がいる。彼女等に協力を仰げばいいだろう」
「モウゼスか。個人的な用で行く予定だったしな。俺がハルコに協力を仰ぐとしよう」
「そうか。君がやってくれるか」
 こうしてユリアンはグレートアーチへ、ユキトはモウゼスへと向かって行くのだった。



SaGa−26「魔王殿への挑戦」


「お兄様、只今戻りました」
 その頃、サユリ等三人は無事ローエングラムの地へと辿り着いていた。
「サユリ、無事で何よりだ。マイ、今まで良くサユリを護ってくれた。礼を言うぞ」
「もったいないお言葉……」
「そして、キルヒアイス。よく余の元へ戻ってくれた……」
 自分の妹であるサユリ、その侍女であるマイの帰還も嬉しかったが、何よりラインハルトにとって嬉しかったのは大切な友であるキルヒアイスの帰還だった。自分が最も信頼する部下であり友であるキルヒアイス。そのキルヒアイスの帰還に、普段は感情を表さないラインハルトの顔が、友の帰還を心から喜ぶ微笑の顔へと変化していた。
「はっ。アユ様も無事回復され、役目を終えたと思いラインハルト様の元へ帰って参りました。
「そうか。ところでキルヒアイス。お前が腕にしている小手は何だ?」
「これは聖王遺物である銀の手でございます。ラインハルト様の元へ帰る私にアユ様が授けて下さったのです」
「そうか。アユ嬢にも後で何か礼をせぬばな」
 銀の手をキルヒアイスに授けたという理由もあったが、アユが回復した暁にはマリーンドルフ家に対し多大な援助を行うという考えがラインハルトにはあった。それは自分の友であるキルヒアイスが仕えていたマリーンドルフ家に対する、ラインハルトの心からの餞別だった。
「話は変わるが、サユリ。すまぬがもう一度リヒテンラーデに向かってくれぬか?」
「リヒテンラーデですか?」
「そうだ。やはりお前が直に挨拶をしに行った方が良いからな。ただ、海路は危険だ。オーディン経由の陸路で向かうようにしてくれ」
「分かりました。今から早速準備に取り掛かりますわ」
「ラインハルト様……」
「分かっている。マイ、お前にサユリの護衛その他を一任する」
「はい……」
 こうしてサユリとマイはラインハルトの命により、再びリヒテンラーデの地へ赴くこととなった。
「さて、キルヒアイス……」
 二人が退出したのを確認すると、ラインハルトは改めてキルヒアイスに声を掛けた。
「ラインハルト様、何でございましょう?」
「我が家に伝わるマスカレイドを始め、聖王の槍、そして銀の手が神王教団教団に盗まれた、もしくは盗まれようとした。恐らく奴等は他の聖王遺物も狙っているであろう。
 キルヒアイス。この神王教団の行動、お前はどう思う?」
「はい。恐らく教団の象徴とするのでしょう。魔王、聖王をも超えた神王。その存在は俄かには信じられませんが、仮に存在したならば、聖王遺物は神王の権威を高める格好の道具となるでしょう」
「だろうな。聖王遺物は神王と共に教団の重要な象徴となる。これを取り返すには並みのことでは叶わぬな」
「はい。恐らく、必死の抵抗を見せることでしょう」
「生半可な理由での奪回は難しいな。こちらもそれ相応の大儀が欲しい所だ……」
 教団は、神王と共に新たなる世界を築き上げる事を教義としている。その教義は酷く独善的でエゴイズムに満ち溢れた危険思想だが、あらゆる人々を熱狂させ、煽動させるだけの魅力を備えた教義ではある。
 このような教義を持った輩は、教義を成就する為には己の命すらも顧みず教団に殉じるだろう。マスカレイドを始めとした聖王遺物を奪還するには、そのような狂気の教徒共を相手にしなければならないのだ。
 聖王遺物を奪還するという儀も悪くはない儀だが、教団の教義に比べれば若干弱い。これでは奪還作戦を行動に移したとしても、兵の士気で劣るのは目に見えている。仮にこちらの戦力が相手より勝っていても、士気で負けていては確実に勝利を掴めるとは言えない。
 教団の掲げる教義に勝る大儀が思い付かない限り迂闊な行動は出来ない。神王教団の教義に勝る大儀が欲しい。それがラインハルトが聖王遺物を奪還するに辺り、一番必要としているものだった。



「えっ、ユウイチさん、いないんですか!?」
 カオリ、ジュン等とハイネセンへと戻ったシオリ。だが、そこには逢いたいと思っていたユウイチの姿はなかった。
「うん。わたしが来た時にはもうアユちゃんとウィルミントンに出かけた後だったよ」
 フェザーンに戻り自分の役目を終えたナユキは、ユウイチと合流する為にハイネセンに訪れていた。しかし、ナユキが着いた時には既にユウイチは発った後だった。
「まあ、嬢ちゃん達、ユウイチの奴も二、三日で戻って来るだろう。それまで家で待っているのは一向に構わんよ」
 そう言うカーレであったが、シオリは一刻も早くユウイチに自分の無事を知らせたい思いで胸が一杯だった。ユウイチさんに自分が無事だってことを知らせたい。それがシオリがハイネセンへ戻りたかった一番の動機だった。
 それだけに、ハイネセンにユウイチが居ないのは、シオリにとって失意を抱く心境だった。
「シオリ、ユウイチ君に逢いたいっていう気持ちも分かるけど、今は帰りを待っているのが賢明よ」
「分かってるよ、お姉ちゃん」
 シオリを気遣い、カオリが声を掛けた。姉のいうことは正論だとシオリも思ってはいる。しかし、ただじっとユウイチの帰りを待っていられる気分でもなかった。
「さてと、オレはそろそろ行くぜ」
「行くってどこに向かうのよ?」
「魔王殿さ。柳也さんと一緒に魔貴族のアラケスを倒すんだ」
「ちょっとジュン君、正気!?」
 ジュンの言っていることがとても正気の沙汰ではないとカオリは思った。カオリは魔貴族の存在そのものを未だに信じられなかったが、仮に存在していたとしても、自分達のような人間が立ち向かうのは無謀以外の何物でもないとカオリは思っていた。
「ユウイチが頑張ってマリーンドルフ家を再興させようとしていても、アラケスなんかが復活したら水の泡だ。友としてあいつの頑張りを無駄にはできない」
「だからってジュン君が魔王殿に向かうことはないでしょう!」
「あのっ、ジュンさん。私も連れていって下さい!」
「ちょっと、シオリ。何を言っているの!?」
 必死にジュン君を説得しようとしているのに、今度はシオリが無茶なことを言い出す。どうして二人ともそんなに無茶なことをしようとするのよと、カオリは気が変になりそうだった。
「私も、私もユウイチさんの頑張りを無駄には出来ないから……」
 友としてあいつの頑張りを無駄には出来ない。そのジュンの言葉がシオリの胸には強く響いた。自分に商才はないだろうから、直接ユウイチさんのお手伝いをすることは出来ない。けど、聖王遺物である妖精の弓を授けられた自分ならば、ひょっとしたならアラケスを倒せるかもしれない。
 お姉ちゃんのいうように、アラケスを倒すだなんて正気の沙汰じゃない。だけど、聖王遺物を授けられた自分にとってアラケスを打ち倒すのは使命かもしれない。
 自分の使命の為、そして何よりユウイチさんの為、自分も魔王殿へ向かいたい。それがシオリの決心だった。
「カオリ。わたしもシオリちゃんと同じ気持ちだよ」
「ナユキ……」
「わたしもシオリちゃんもユウイチのことを想っているけど、同時にアユちゃんには絶対敵わないって思っている。なら、そんなわたしにできるのは二人の幸せを願うこと。
 アラケスを倒すっていうのは大げさなことだと思うけど、でもそれがユウイチの為になるならわたしに迷っている心はないよ」
 アユが夢魔に襲われ、そのアユを助ける為にユウイチは危険を顧みず夢魔の秘薬を口にした。その一部始終をカーレから聞いたナユキは、ユウイチのアユに対する愛は本物だと思った。
 もし自分がアユちゃんと同じ立場だったなら、優しいユウイチのことだから自分を助けてくれるだろう。でもそれはわたしが愛する者だからじゃなく、あくまで従妹だから助けるんだろう。
 自分はユウイチのものにはならない。だからといってユウイチが嫌いなわけではない。アユちゃんが嫌いっていうわけでもない。ならそんな自分にできるのは二人の幸せを願うことだとナユキは思ったのだった。
「……。分かったわ、あたしも皆についていくわ」
 自分が何と言おうと、この子は気持ちを変えないだろう。思えば旅に出てからのシオリはずっとそうだった。なら、そんなシオリに自分がしてやれることは、全身全霊でシオリを護ってやること。
 シオリが運命の子だっていうのは未だに信じられない。けど、もし本当にシオリが運命の子だったら、アラケスを倒すのは運命であり、使命なのだろう。アラケスを倒すのがシオリの使命ならば、そのシオリを護るのが自分の使命だとカオリは思ったのだった。
「お姉ちゃん、ありがとう……」
 妹や友の為自分も魔王殿へと乗り込む。そのカオリの決意がシオリは嬉しかった。こうしてシオリ達四人は柳也と共に魔王殿へと挑戦するのだった。



「ほう、お前達も向かうというのか」
 予め柳也から待機している場所を聞いていたジュンは、他の者達を連れ、柳也のいるヒジリの工房へと向かった。
「他の三人はともかく、”運命の子”の片割れであるシオリ嬢の協力を仰げるというのは嬉しい限りだな」
「あたし達はオマケってことね。まっ、当らずも遠からずだけど」
 自分の力は到底アラケスには及ばないだろうし、自分の目的はあくまでシオリを護ること。だから自分はオマケと言われても反論のしようがないとカオリは思った。
「柳也殿、刃こぼれの修復が終わったぞ」
 そんな時、奥から柳也の刀を掲げヒジリが姿を現した。
「ご苦労であった。すまぬな、刃こぼれの修復など頼んで」
「いや、こちらとしてもこんな名剣を鍛え直せて光栄の限りだ。それで、見掛けない顔が四人程いるが君達は何の用だ?」
「いえ、オレ達はここに柳也さんがいるって聞いて、合流しに来ただけです」
「合流、ということは君達も魔王殿に乗り込むということか?」
「ええ、そんなトコです」
「ところで君達はどんな武器を得意とする?」
 突然ヒジリが四人にそんなことを訊ねて来た。
「オレは剣だな」
「あたしは斧と、武器じゃないけど体術が得意ね」
「私は弓です」
「わたしは小剣だよ」
「剣に、斧に、体術、弓に小剣か……」
 四人の得意武器を聞くと、ヒジリは奥へと消え、暫くすると武器を掲げて来た。
「待たせたな。剣のファルシオンに、小剣のシルバーフルーレ、斧のフランシスカにカナリアの弓、それにラバーソウルだ」
「ひょっとして持ってけってことですか?」
と、ジュンがヒジリに訊ねた。
「ああ。これらの武器がアラケスにどこまで通用するかは分からないが、無いよりはましだろう」
「う〜ん、お気持ちは嬉しいですけど、この間新しい弓を手に入れたばかりですし……」
 ヒジリが武器を与えてくれるのは嬉しい。けど、聖王遺物である妖精の弓を手に入れたばかりなのに、また新しい弓を貰うのは何だか申し訳ないと、シオリは素直に武器を受け取れなかった。
「そうか。だが、このカナリアの弓はレゾナンスウィープという相手を混乱させられる特殊技が使用可能だ。威力は大したことないが、何かしらの役には立つだろう」
「分かりました。ありがたく受け取っておきます」
 妖精の弓とはまた違った使い方が出来る。それにヒジリさんの好意は素直に受け取ったほうがいいだろうと、シオリはありがたくヒジリから武器を受け取った。
「さて、これらの武器はそれぞれ特殊な技が出せる。まずはファルシオン。これは曲刀の一種で、曲刀の固有技であるデミルーン、デミルーンエコーが使える」
「あのユキトと同じ技が使えるってことか。ありがたく受け取っておくぜ」
 あのトルネードが得意としていた技が自分にも使える。新しい武器が無償で手に入るより何より、ジュンにはユキトが得意とする技が自分にも使えることが嬉しかった。
「シルバーフルーレは獣人系モンスターに高威力が期待できる技、ウェアバスターが使える」
「獣人ってことは、ゴブリンとかだね。どうもありがとうだよ」
「フランシスカは小型の斧で、ヨーヨーという小型の斧でしか使えない技が使える」
「ふ〜ん。今あたしが使っている戦斧よりは扱い易そうね。で、ラバーソウルはどんな効果があるの?」
 恐らくこのラバーソウルは体術を得意とする自分の為にヒジリが用意したものだろうとカオリは思い、ヒジリに詳細を訊ねた。
「ラバーソウルはゴム製の靴で耐電性に優れている。また、軽量なので、普段より素早く動けるだろう」
「フランシスカといい、どちらも軽快な動きの戦闘を意識したものね。あたしの戦闘スタイルには合っているかも。どうもありがとう、ヒジリさん」
 こうして四人は新たな武具を揃え、柳也と共にアラケスを打ち倒すべく魔王殿へと乗り込んでいったのだった。



「うりゃ、デミルーン!!」
 ヒュルル……カキィィン!!
 魔王殿に乗り込むと、いきなりゴブリンが襲い掛かって来た。そのゴブリンに対し、ジュンは曲刀固有技デミルーンを放った。
「やったぜ、ゴブリンを一撃で葬り去ったぜ!」
「ちょっと、ジュン君。ゴブリン程度のモンスターを倒したくらいでそんなにはしゃがないでよ……」
 この先ゴブリンなど問題にならない位強力なモンスターを相手にしなければならないかもしれないというのに、雑魚モンスター一匹を倒したくらいでそんなに喜ばないで欲しいとカオリは呆れた。
「いや、ゴブリンを倒せたことより、デミルーンが使えたってことが嬉しいんだ! くうっ、オレにあのユキトと同じ技が使える日が来ようとは……」
 ヒジリから使えることは予め教えられていたが、実際使ってみた感動は余りに大きい。技量的にはまだまだユキトには敵わない。しかし、徐々にではあるがユキトに追い付いてみせるとジュンは意気込んだ。
「えい、レゾナンスウィープ!!」
「ウェアバスターだよ!!」
「はぁっ、ヨーヨ!!」
 その後何度もモンスターに襲われたが、ヒジリから貰った武器を使い、難なく勝利を重ねていった。
「それにしても、ゴブリンやインプなんかの雑魚モンスターしか出ないわね。新しい武器を試すにはちょうどいいけど」
 魔貴族の一人であるアラケスの本拠地であるのだから、強力なモンスターが多数待ち構えているのだろうとカオリは思っていた。しかし、今まで襲い掛かって来たモンスターは、どこにでもいそうな下級のモンスターばかりだった。
 強力なモンスターと戦わなければならないと身構えていたというのに、襲い掛かって来るのは雑魚モンスターばかり。カオリは正直拍子抜けした気分だった。
「魔王殿は冒険初期者の訪れる場所っていう話は、あながち間違いではなかったのね」
 カオリはふとそんなことを思い出した。魔王殿に徘徊しているモンスターは下級のモンスターで、冒険を試みる者の腕試しにはもってこいの場所だというのが世間一般の風評だった。魔貴族の本拠地であるという話を聞き、それは噂程度に過ぎないとカオリは思っていたが、実際戦ってみて世間の評価通りだったとの雑感を抱いた。
「この辺りに徘徊しているのはアラケス直属のモンスターではないからな」
 カオリの疑問に応えるように、柳也が口を開いた。
「どういうこと?」
「アラケスの力は強大故、直属のモンスターも含め魔王殿の奥に封印されている。故にこの辺りを徘徊しているモンスターは、アラケスとまったく関係のないモンスターだ」
「成程」
 それならば、魔王殿がアラケスの本拠地であるのにも関わらず、冒険初期者の訪れる場所と言われているのも納得できるとカオリは思った。世間では魔貴族の伝説は御伽話程度のものに過ぎず、ましてやアラケスが魔王殿の奥に封印されていることなど知る由もない。
 魔王殿がアラケスの本拠地であるというのは伝説でも語られている。しかし、アラケスは封印され、通常入り込める領域には関係のない下級モンスターが徘徊しているだけ。これならばアラケスは伝説の存在に過ぎず、魔王殿は冒険初期者の訪れる場所と言われるのも無理はないとカオリは思った。
「封印しなければならない程強大な相手って、もしかしてオレ達とんでもない奴相手にしようとしていないか?」
 友であるユウイチの為と魔王殿に乗り込んだはいいが、自分はとてつもなく危険な橋を渡っている最中ではないかと、今更ながらジュンは思ったのだった。
「ジュン君、それは行く前から分かっていたことでしょ?」
「そりゃ、そうだけど。柳也さん、アラケスって四魔貴族でどれくらいの強さか分かります?」
 これから戦うのならどの程度の相手と戦うかを知っているかに越したことはない。そう思ったジュンは、柳也に訊ねた。
「伝説では、四魔貴族一の力を誇っていると伝えられている」
「魔貴族一!?」
 そんな者をオレは相手にしようとしていたのかと、ジュンは血の気の引く思いだった。
「然るに、それは物理的な力という意味だ。四魔貴族は人知を超えた魔力的な能力を秘めているというが、アラケスには魔力的な力は一切なく、物理的な攻撃しか行わぬということだ」
「つまり、単純な攻撃力においてのみ四魔貴族一ってことね?」
「然り。相手が物理攻撃しか行わぬのであれば、下手な魔力的な攻撃を行う魔貴族に比べれば勝機があると思ってな。故に私はアラケスを打ち倒す決意をしたのだ」
 自分は剣技おいては運命の子であるユリアンより上だ。いくら運命の子であるとはいえ、物理攻撃に秀でているアラケスに対し、自分より剣技が劣るユリアンでは荷が重い。それが柳也がアラケスを打ち倒そうと思った理由だった。
「確かに柳也さんの剣技は優れているかもしれないけど、それは慢心っていうものじゃない?」
 柳也がアラケスを倒そうと思った理由を聞き、それは慢心ではないかとカオリは思った。確かに魔王殿での柳也さんの戦い方は、自分達とは比較にならない程だった。剣技においてはあのトルネードすら凌ぐ程の。
 だが、どのような力量を持った者だといえ、人間が魔貴族を打ち倒すというのは慢心ではないかと、カオリは思うしかなかった。
「確かに、慢心かも知れぬ。然るに、これは誰かがやらなくてはならぬことだ。世界の平穏の為にな」
(誰かがやらなければならないこと……)
 その柳也の言葉が、シオリには深く響いた。確かに、アビスの力が世界に悪影響を与えているなら、誰かがその力を抑え付けなければならない。それはお姉ちゃんの言うように慢心かもしれない。でも、慢心であったとしても誰かが行動を取らなきゃ世の中は悪くなるだけ。
 なら、妖精の弓を授けられた自分が魔貴族と戦うのは使命だ。自分はまだまだ非力だけど、妖精の弓を授けられた者としての使命を貫こう。そうシオリは改めて強い決意をしたのだった。


…To Be Continued


※後書き

 多少遅れはしましたが、一ヶ月一話ペースは今の所保てていますね。
 さて、今回久々にラインハルトが出て来た訳ですが、出番が少なかったのにはそれなりに理由があります。それは一応KanonのSSなのだから、他の鍵作品のキャラならともかく、まったく鍵と関係のないキャラを大々的に活躍するのは趣向に反するかなぁと思いましたので。実際、Kanonキャラが殆ど出てこない回もありましたので。
 そういった理由から、メインキャラのミカエル役であるにも関わらず、出番が少ないのです。その関係から原作におけるマスコンバットの話は、あまり描かないと思います。まあ、マスコンバットに関しては、連載のペースが遅いので原作イベントの全てを網羅し切れないだろうという理由もあるのですが(苦笑)。
 話は変わり、次回はアラケス戦メインになるかと思います。話数にして二十七話、連載開始から2年以上経過して、ようやく四魔貴族戦です。四魔貴族戦はメインバトルの一つなので、面白くかけるよう頑張ります。

SaGa−27へ


戻る